2015年12月14日月曜日

討ち入り判決から学べ。   プロダクトバイプロセスクレームへの立法的解決を急ぐべし

≪本日は、12月14日。 江戸時代中期の元禄年間に赤穂浪士が吉良邸討ち入りを果たした日≫

さて、特許の世界においても、12月14日になされた判決で重要なものがあります。
ひところ、討ち入り判決と呼ばれていました。

フェノチアジン誘導体事件(最高裁判決昭和47年12月14日)
特許請求の範囲は特許権の効力を明確にするものであると説示した事例です。

「Aは分枝を有するアルキレン基」を「Aは分枝を有することあるアルキレン基」と訂正しようとした特許権者が、特許庁の審判で認められなかったため、審決取消訴訟に持ち込み、それでも勝てずに、最高裁まで行った案件です。
「吉良様、少々それはご無理でしょう」というわけで、討ち死にしたわけです。

この討ち入り判決に端を発して、
トリグリセリド測定法事件・αリパーゼ事件(最高裁判決平成3年3月8日)
電気コネクタ事件(東京高裁判決平成7年2月14日)
と続きます。

特許請求の範囲と特許権の効力に関連して、この間、さまざまな議論がなされ、平成14年の特許法の改正で特許法70条2項の新設により立法的解決を見ます。

特許法第2項
前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。

討ち入り判決から数えると、特許法70条2項の新設まで、30年もかかりました。
少々、時間のかかりすぎだと思います。



≪今、プロダクトバイプロセスクレーム≫

プロダクトバイプロセスクレーム(製造方法の記載をすることにより特定された物の発明の請求項)の解釈について、最近最高裁判決が出たことをどのように受け止めるかについて、特許庁はおおわらわのようです。

かねてより、製法限定説、物同一説の対立があったところ、裁判所としては、すっきりさせて大満足だと思われます。

しかし、権利者の立場からすれば、困惑ぎみ。
 外国の特許庁が認めているものを日本の特許庁は認めないのか、というように受け止められると、
 我国特許出願の件数の減少や、我国産業の衰退まで心配されるような由々しき事態になりかねません。

 立法的解決を考えるなら、
 製法特許の侵害訴訟における、原告側の立証責任を軽減する立法措置を急ぐ、
 ということを真剣に考えてはいかがでしょうか?

 特許庁は、審査や、審判のことだけを考えていてはいけません。
 侵害訴訟において、役に立つ立法を急ぐべきです。

 かつての討ち入り判決の立法的解決には30年かかったけれど、
 今回のプロダクトバイプロセスクレームに対する立法措置は、
 3年でやって欲しいものです。

 

2015年12月10日木曜日

iPS細胞研究センター での 番頭さんの 戦い


「会社、辞めませんよね」
 平成20年1月、京都大学教授の山中伸弥(53)から届いた短いメールが始まりだった。
 人工多能性幹細胞(iPS細胞)の実用化を目指す山中を実務面で支える番頭、高須直子(53)は当時、大日本住友製薬の知的財産部マネジャー。山中は発足したばかりの京大iPS細胞研究センター(現iPS細胞研究所、京都市左京区)を率いて、体制づくりに奔走していた。知財戦略を任せられる人材を求めていた山中は、かねて仕事ぶりを評価していた高須をヘッドハンティングしようと、探りを入れたのだ。
http://news.livedoor.com/article/detail/10920351/

≪ここまで、産経新聞12月7日月曜日の朝刊から引用しました≫
 この日の産経新聞では、一面と五面において、iPS細胞研究所の番頭、高須直子さんの活躍について、記事にしている。
 入念に対策を立て、実験データの読み込み、関連法の確認、米国特許事務所との深夜、早朝におけるやり取り、などを通じて米国ベンチャー企業と紛争になる寸前まで一歩も引かない姿勢を見せた。それにより、相手方から先方の特許について無償譲渡のオファーを引き出した。山中教授は、その申し入れを受け入れる。
 山中教授の考えは、一般の企業に独占させないために、自分たちが特許をとらないといけないという考え方である。それ自体は、世間受けのよい考えであり、国からの予算を引き出しやすい姿勢なのだろう。しかし、本来の特許制度の考え方にかなっているのだろうかと疑問に思う。
 公開の代償として独占権を与える。その競争が社会全体の技術の進歩につながる。
 山中教授の研究所が世界のトップを走っているうちは、その研究所が特許をとり続けることでよいのかもしれない。やがて、その研究所を追い抜くライバルが出てくるときには、山中教授の特許が邪魔になる日がくるのではないだろうか。
 おごりの生じることを防ぐことも考えての研究所運営であって欲しいと願う。